緒戦期の無敵の戦いぶりで、連合国軍から「ゼロファイター」とよばれ、恐れられていた零戦とそのパイロットたち。大戦中期以降、次々と繰り出される敵の新型戦闘機にその王座を明け渡し、ついには特攻機として爆弾を抱いて敵艦に体当たり攻撃をかけざるを得なくなるまで追いつめられたその軌跡は、まさに太平洋戦争そのものの縮図である。 このHPは、零戦を駆って若い命を国に捧げた搭乗員の記録を次の世に伝えるべく、制作されたものである。

「零戦の会」会則

             
 
「零戦の会」会則(平成十六年九月十三日改正) 

(名称)
第一条
本会は「零戦の会」と称する。
 
(会の位置づけ)
第二条
本会は平成十四年に解散した零戦搭乗員会本部の活動を正式に引き継ぎ、零戦 搭乗員会の出版著作物等に関する権利をすべて継承するものである。
 
(目的・信条)
第三条
本会は政治活動には一切関与しない。  
零戦搭乗員戦没者、物故者等に対する慰霊顕彰と、会員相互の親睦、協力、な らびに、次世代に海軍戦闘機隊の歴史を伝承することを目的とし、毎年靖国神社 に祀られている戦没者に対する慰霊顕彰を行う。
 
(活動)
第四条
本会の活動は、毎年九月第二日曜日、靖国神社で慰霊祭を行い、総会、懇親会 を開催すること(以下、「定例行事」という)を骨子とする。その他、ホーム ページの開設、その維持管理、出版・講演などを通じて、海軍戦闘機搭乗員の事 績を後世に伝えるべく活動を続ける。
 
(会員)
第五条
本会の会員は、平成十四年九月の総会案内時、「零戦の会」に入会を希望した 者、ならびにその後、入会を希望し、第七条の手続きを経て入会を認められた者 とする。なお会員はすべて正会員とする。
 
(会員の資格喪失)
第六条
会員としての名誉毀損または会則に著しく違反した場合、および会を利用して の売名行為や会員・関係者に対する迷惑行為が認められた場合は、常任世話人会 の議決を受けて、会長の裁定により資格を喪失する。
第九条で定められた年会費を、二年間滞納し、なおかつ支払い意思のない者 は、自動的に会員資格を失う。
 
(入会の方法、資格)
第七条
「零戦の会」の趣旨に賛同し新たに入会しようとする者は、会員二名(うち一名 は元搭乗員のこと)の紹介を得て、会長の承認を受けること。資格は特に問わな いが、新会員に求められることは、零戦搭乗員会の設立の趣旨に賛同し、会の維 持発展に努めること。
 
(事務 運営)
第八条
 
1.
本会に、会長一名、副会長若干名、事務局長一名および事務局次長若干名 をおく。会長および副会長のうち一名以上は原則として元搭乗員から互選し、副 会長一名および事務局長、事務局次長は次世代の会員より選出の上、会長が任命 する。会長、副会長、事務局長、事務局次長は常任とし、任期は次項の@ABC 一巡までとするが、留任は妨げない。
2.
毎年九月第二日曜日の定例行事の事務は、@海軍兵学校・機関学校A予備 学生・予備生徒B操縦練習生・甲種飛行予科練習生C乙種飛行予科練習生・丙種 飛行予科練習生・乙種飛行予科練習生(特)・予備飛行予科練習生各出身者グ ループ別の当番制で、各グループが指名した担当者により毎年輪番で実施する。 (入会希望者数によりグループ分けを再考する)    輪番の順序は@ABCの順とし、一年交代とする。交代の時期は毎年九月 第二日曜日の定例行事終了時に行い、会計その他の引き継ぎを行う。   <当番の任期は、十月一日より翌年九月三十日までとする。なお、当番グ ループが一巡した時点で、本項を廃止し、定例行事の事務を次世代に託すことを 検討する>
3.
本会を運営するため、第八条第一項の役員により、常任世話人会を設け る。常任世話人会は、当番グループを補佐して、定例行事の計画、案内、会場の 設定などを行う。また、会員名簿の作製配布(有料)、ホームページの維持管 理、定例行事以外の会としての活動など、実務的な役割一切を担当する。常任世 話人会を構成する役員の一部は首都圏以外の地方からも選出し、地元における慰 霊および懇親活動を担当する。
4.
本会の事務局は、平成十四年十月一日より当面の間、東京都練馬区平和台 に置く。
 
(会費)
第九条
会費は、毎年九月十三日の定例行事に関する経費等を、毎年出席者からその都度徴収する。
なお、当会の出版物等によって得られた収益は、すべて会の運営資金に充てることとする。
定例行事に要する経費等は、行事出席者からその都度徴収する。
本会の会計年度は10月1日から翌年9月30日とし、財務内容は会計士による 監査・捺印を経て、総会後に書面の郵送をもって報告する。  なお、本会の出版物等によって得られた収益は、全て会の運営資金に充てるこ ととする。
 
(解散)
第十条
会員の高齢化等により、本会の運営が困難になった場合は、その年の定例行事で会員に諮り議決の上、解散するものとする。
 
(付則)
@ 本会の役員は次の会員とする。以下の役員をもって常任世話人会を構成す る。     会 長・岩下邦雄、   副会長・吾妻常雄、大原亮治、神立尚紀  事務局長・高橋希輔  事務局次長・上保昌幸、花嶋裕孝、柏木宏文、竹内裕三、瀧田利人、丸博史、 明石和繁(東海地方)、中川秀彦(中国地区)、吉良敢(四国地区)、井上達昭 (九州地区)  
A 本会則は、平成十四年十二月に発効し、改正は定例行事の際の議決によ る。 (平成十六年九月十三日改正)

零戦搭乗員会趣意書
以下、昭和五十三年発足時の原文のまま掲載

謹啓  新緑の候皆様ますます御健勝のこととお慶び申し上げます。
 さて、零戦搭乗員会は、昭和四十七年に大先輩中野忠二郎氏を中心に有志によって組織され、総会懇親会等を実施して参りましたが、此の度、本会の発展を願って再発足を致すこととなりました。
 ご存知の方が多いと思いますが、中野氏は昨年病魔の侵すところとなりご家族の手厚い看護の甲斐もなく逝去されました。一同ここに喪心より哀悼の意を捧げますとともに本会によせられましたご意志を継承し、内容を一層充実して新しく強力な「零戦搭乗員会」を再建したいと念願するものであります。
 戦後既に三十二年余の歳月が流れ、生き残った幾多戦友の中にも他界された方もあり、やゝもすると私どもの親交も同志の絆も薄れようとしております。
 しかし我等の愛機「零戦」の名声とその栄光は今日に至っても聊かも衰えることなく、ますます敬意と賞賛の念をもって国の内外で語られ、若い世代に継承されて、不滅のものとなっておりますが、これは理の当然かとも考えます。
 零戦は、当時我が国の航空機技術と日本海軍の総力を結集して創作された世界に比類のない傑作機でありました。支那事変から大東亜戦争となり戦雲は全世界を覆うに至りましたが、我が海軍の第一線戦斗機として戦場を席巻し、戦争初期においては栄光の座をほしいまゝにしました。しかしながら、戦争の推移とともに日米の国力の相違如何ともし難く漸次質量ともに逆転して苦戦死斗の連続となり最後には五〇番爆弾装備の特攻機として敢然と国難に立ち向かい、数百隻の敵艦艇を撃沈破してその勇名を馳せたのであります。海軍戦斗機搭乗員が、整備補給後方部隊の心血を注いだ支援と相俟ち、戦争の全期間を通じて零戦を駆使し、不屈の斗魂を以て戦い抜いたのは未だ記憶の新たなる処であります。
 戦後防衛庁では長時間をかけて戦史を編纂しましたが、資料不足のために戦斗経過の骨子と上級指揮官等の作戦実施の概要に留まり、海軍語でいう所謂「両舷直搭乗員」や前線部隊等のきめ細かい史実については知るよしもありません。”生きた証人”の私どもは正しい史実を出来るだけ後世に伝え顕彰する責任を感じております。  更に散華或は物故された先輩同僚後輩ら諸兄の冥福を心から祈りつゝ香華を手向けていくことも、今日まで生永らえている私どもの当然の務めであると考えるものであります。
 ここにあらためて零戦搭乗員会の目的を確認し、史実の顕彰・戦友の慰霊・会員の親睦等の目的を具現するために戦前戦後の階級地位を越えて「戦斗機乗り」仲間の大同団結を強く呼びかけたいと思います。
 地方には支部を東京には本部を置き、定期的会報等により堅密に連絡しながら一人でも多く会員の輪を拡げ、相互に協力しつゝ皆様の総意に基いて会を運営し、有意義で楽しい「誇り高き零戦搭乗員会」を育成しようではありませんか。言葉足らずで意の尽くせない処もありますが、青春の一時代に零戦を愛機として命を賭けた人は勿論のこと、たとえ三十分でも零戦を操縦された方々は世話人の微衷をお汲みとり下さいまして、是非ともご賛同入会賜りますようお願い申し上げる次第であります。 敬具

昭和五十三年五月二十七日  世話人一同

零戦搭乗員会の基本見解
「日本海軍にエースはいなかった?」

巷には様々な戦記本があふれており、中でも戦闘機パイロットを語る上では「エースランキング」などと称して個々の搭乗員の撃墜機数を比較するような企画が多いが、そもそも日本海軍には個人戦果を記録し、それをもとに個人をたたえる習慣はなかった。

希に、連合艦隊司令長官名で全軍布告されたり、航空隊司令が善行表彰などの形で個人戦果を明記している場合もあるが、個人戦果の記録についての海軍としての統一基準はない。部隊により、時期により、戦果の記録方法はまちまちである。撃墜機数を客観的かつ公平に記録する統一基準がない以上、誰が何機撃墜したということを比較することには何ら意味がないのである。

市販のいわゆるエース本を見ても、その搭乗員の属する部隊が個人戦果を記録していたか否かによって、あるいは著者の調査の及ぶ範囲に限度があることから、その算定にはかなりの不公平があることは否めない。 あるものは戦闘行動調書を元にし、またあるものは本人の自己申告、感状、他人の談話を元にするなど、基準がないものを比較する無理が如実に現われている。

統一基準をもち、協同撃墜の4分の一機まで記録するような習慣のあった国と同じような比較は無理なのである。しかも、めまぐるしく状況の変化する空中戦闘において、正確な戦果の確認は難しく、双方の記録をつき合わせてみても、戦果、損害の機数が一致することは極めて希である。

以上のようなことから、零戦搭乗員会では、「日本海軍にはエースなどという称号、制度は一切存在しない」というのが統一見解になっている。

ただし、現実に多数機を撃墜した搭乗員は存在するし、当時も「撃墜王」なる言葉は使われていたが、これはまた話が別で、それらを客観的に比較する材料がないということである。

もし「エース」という称号を冠するとすれば、それは己の任務を全うし、戦い抜いた全ての搭乗員に捧げられるものと考える。


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